4年前の今日、museo watalissはひっそりとスタートしました。最初の1ヶ月にアップしたエントリーのなんと多い事!今とは雲泥の差です。
ながらくブログから遠ざかってしまい、気が付けば新年のエントリーから4ヶ月も経ってしまいました。時間はあるのに向き合う気持ちの余力がない・・・こんな毎日で、ブログをクローズしようかと迷いつつ、こんなダメダメ状況もログとしてとっておけば、いつか読み返した時に面白いかなぁなんて思って、まぁ無理のない程度に地味に続けて見ようと考え直しました。
誰にというわけでもなく、自分のために、というか自分にとっての楽しみの一つを大切にするために、museo5年目に突入です。恐るべしっ。
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これからやりたい事。
・MTを4.1にアップしようかな~と。でもエントリーの再構築に異常なほど時間がかかると聞いているので、ちょっと不安があり、まだ作業が進んでいない・・・。
・前からのお悩み続行中で、ブログ名を変えたいな~と。なんですかね、ミュゼオワタリスって。ワタリスってタイトルにいれちゃって、プチお恥ずかしい。
・テンプレ変えようかな~と。でもMTを現状維持にするか4.1にアップするかでかなりソース変えないといけないので保留。
・写真も変えたいな~。これまで撮ったヤツをもうちょっと見やすく変えたい。
以上、5年目のつぶやきでした。久し振りのエントリーにして、じつに実のない独りごとでスミマセン。
これからしばらくは、眠っていた4ヶ月間に合ったことなどを混ぜながらアップするので、エントリー順が前後してしまうかも知れません。このブログのテンプレ構造上、1ヶ月の大穴を空けちゃうとレイアウトが崩れる可能性があるので、私の事情で穴埋めします。悪しからずご了承くださいませ。
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短い年末年始休暇が明けたら、あれよあれよ~という間に時間が過ぎてしまって、気が付けば2008年も1ヶ月目が終わろうとしている・・・。
『あれよあれよ』の内訳は、仕事7割・体調不良3割と行ったところで、寝込んだり残業でヘロヘロになったり、優雅で華やかとはほど遠い生活。
まぁこんな暮らしっぷりなのでキラキラした近況報告なんぞは書きようもないのだけれど、ささやかに毎日を楽しんでいるのでご心配はご無用。新年最初のブログ書き初めに、年始休みのトーキョーウォークなどをログに残してみましょう。
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ぽかっと明るい青空が広がった3が日に初詣へ。原宿でお参りした後に「これからどうしましょ?」となり、ブラブラと外延方角へと歩き出したのが、その後延々と歩き続ける事となったトーキョーウォークの始まり。
キラー通り→国立競技場→絵画館→東宮御所脇→赤坂迎賓館→四谷 上智大学→半蔵門→イギリス大使館→千鳥が淵→国立近代美術館工芸館→科学博物館→北の丸宿舎→九段会館ホール→九段下。
これ、その日にブラブラと歩いた道順なり。ウォーキングシューズやジャージではなく、至って普通のおでかけスタイルにカメラを首からさげて、気の向くままに「この路地に曲がってみようか」「あっちの方に何かあるんじゃないか」のノリで歩き倒してしまった。
ムッシュはもともと散策好きな上に、ウィンドウショッピングやカフェ巡りよりも、”ひたすら歩く”とか”なじみのない街を見て回る”事が楽しいタイプなので、時々こんなトーキョーウォーキングになってしまったりする。
私も私でそれにノッちゃうので、帰りには二人ともグッタリと疲れてしまうのだけど、普段は電車や車で走りぬけてしまう場所やめったに通らない道を、天や地に視線を流しながらゆっくりのんびり歩き回る楽しさに惹かれてしまう。
今は寒くて自転車ポタリングはお休み中(休んでる間にリアタイアがパンクしていましたよ・・・トホホ)。寒さがゆるんでペダルを漕ぎたくなるまでは、むっくむくの防寒スタイルでカメラ片手に歩き回る日が続きそうです。
今年もかなりスローペースが予想される我がブログですが、今年もどうぞ宜しくです。
ていうか、仕事忙しすぎ・・・人手が欲しいよ~っ。涙

骨董市で有名な原宿 東郷神社

重厚感のある外苑の絵画館

迎賓館はただいま改装中。残念

麹町でクッキーの和泉屋を発見

千鳥が淵の松並木?が気持ち良かった

工芸館は赤レンガのステキな建物

科学博物館の星型の窓は必見!

北の丸の鯱?に興味津々
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ものっすごく忙しくしている間に12月は私から走り去ってしまい、気が付いたら1年で最後の日になってしまいまして。1ヶ月以上ブログを書く事も見る事も出来なかったのは初めてかも・・・。
スパムTBに荒らされ放題の無法地帯となってしまった我がブログですが、年末の大掃除と一緒に一気にゴミ出ししてしまって、来年からもノンビリまったり更新して行こうと思います。
2007年ももう終わり。2008年もどうぞ宜しくお願い致しますっ。
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以下、ここ1ヶ月のドタバタ加減を一応ログに残しておこう。
実はひっそりと就職している。新しい環境で慣れない事がテンコモリな上に、入社早々オツボネ的立位置に鎮座してしまい、なかなか苦労が耐えない。
やっぱり三十路過ぎてからの再就職って大変だなぁと骨身に沁みている。「まだ1ヶ月も経ってないから右も左も分かりませ~ん。テヘ」とか「ミスもチョンボも仕方ないよね~。ウフ」とか出来ないというか、そういう言葉が似合わなく許されないお年頃だもの。むしろ「私が来たからこの会社は安泰です。大船に乗ったつもりで頼ってくださいっ」くらい言えないとダメなんでしょうけれど、何しろケアレスミスの百科事典とあだ名される(?)大ボケ女なので、口が裂けてもこんな大風呂敷は広げられない。ハァ・・・。
平日の出勤日は家庭を持つ主婦としてはかなり厳しい勤務状況で、もうちょっと改善を求めつつ自分の作業効率も見直さなければならないのだけれど、救われるのは週休2日が確約されている事。ドロのように眠ったり気分転換に外に飛び出したり出来るのは本当にありがたい。
撮影の仕事の時は2ヶ月ブッチギリで働いたり、土曜の夜になっても翌日が休めるのかどうか読めないくらい過酷だったので、疲労が骨身に堪えるこの歳で、5日働いたら2日休めるのは嬉しい事。
遠出したりはしていないけれど、最近チョコチョコッと遊んでいるビリヤードや、ちょっと背伸びしてクラシックコンサートなど(これ、かなり感動したので来年エントリーします)、リフレッシュしながら、次の5日間に向かって走り出す感じ。職場はまさに戦場だな、今のところ。
そんなあたふたっぷりなので、クリスマスもそれらしいディナーや飾りつけもせず、コロッケをたくさん作ってコロッケナイトにしたり(笑)、昨日一日で大掃除をやっつけたりと、家の方はおざなり状態。あぁ来年はまともな1年になりますように。
と、苦しんでいるのはやっぱり2007年が私にとってかなり警戒すべき”後厄”だったからだろうなと分析している。思えば前の後厄の時も、人生でもレベル5くらい悩んだり苦しんだ一年だったし、今年も商売をたたんだり就職活動に敗れたり(?)愛猫が天国に行ってしまったりと、かなり忍耐の一年だったように思う。
ということは、来年は厄から開放されてパ~ッとお花畑なんじゃないの?なんて思ったり(すでに次の厄が始まっているとかいないとか・・・)。2008年は山羊座が12年に一度の最高の星の巡りらしいとラジオでも言っていたし、期待できる年になるんじゃないかと、超楽観視している。ムフフン
というわけで、ドタバタの2007年最後のエントリーはこれにて終了。冷え込みが厳しいけれど、皆様よいお年をお迎えください。全国の山羊座の皆様、来年は共にフィーバーしましょうっ!
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夕べ母から電話。
実家で飼っていた猫が21年と3ヶ月の人生に幕を閉じて、明け方に旅立っていったとの連絡があった。もう本当にいつ来てもおかしくない電話だったけど、来て欲しくなかった電話。
ガリガリに痩せて弱っちかった仔猫時代。内弁慶キャラだった若かりし頃。椅子によじ登るのも辛くなっていた晩年。隅っこばかり歩いていた小さな体、怒るとブラシのように太く膨らんだ長くて黒い尻尾、食器棚の上から見下ろす大きなエメラルドグリーンの目、シャムネコの血を引く艶やかな毛・・・。思い出す顔が沢山ありすぎて、瞼の裏に浮かぶたびに涙が溢れる。
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それでも、4年ほど前の危篤から始まって、発作があったり交通事故にあったりと、何度も周囲が諦めかけた中、本人だけは最後の最後まで生きる気力に満ちていて頑張りぬいた。驚異的な生命力に獣医さんも驚くほどだった。
最後の方は毛もボサボサ、自力で排便をするのも困難な状況になってしまい、父や母が日夜介護をし続けながら時間を過ごした。オムツと発作を抑える薬を欠く事が出来なかったらしい。
両親の力なくして猫はこんなに長く生きられなかったと思う。安楽死という選択をせず、小さく痩せ細った体をいたわるように介護を続けてくれた両親には感謝してもしきれない。
逆に私は何にも出来なかったなぁと思うけれど、以前危篤状態になった時に私が飛んで帰ったら、「天敵のコイツに看護されるなんてまっぴらだ」とでも言わんばかりによみがえった事があったので、一応1ミリほどは猫の人生に役に立ったのかもしれない。
今は写真を見ても涙がボロボロと落ちてしまうので、ここに猫の写真を乗せるのはちょっとナシに。
庭の東側にある金木犀の近くでゆっくりと眠ることになるらしい。毎年秋になって金木犀のオレンジの絨毯がはらりと消える頃、猫の命日がくる。
長い間頑張ってくれてありがとう。大好きだよ。
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夏も終わり、恒例の?夏バテが押し寄せてダルンダルンになっている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
我が家は先週一週間、非常に葛藤を強いられるキビシー時間を過ごしていた。どうにかしたい思いと出来ない現実、強い日差しと稲妻とどろく豪雨、とってもとっても無力感を味わった。
それは一匹の仔猫のせい。ミ~ミ~と可愛らしく、でも必死に鳴き声をあげる、明るい金茶色のトラ柄の毛をまとう仔猫のせい。ウギャ~~ッ。
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1ヶ月ほど前に野良猫が仔猫を生んだのは知っていた。3匹か4匹、母親似の白地のブチ猫と父親似のトラ猫で、近所で飼われているもの凄くおおらかな犬の近くに棲み処を陣取って、道路から姿を見ようとキョロキョロしている人間(私とかムッシュとか通行人)を興味深そうに見つめたり、兄弟でピョンピョンと遊んでいるのをよく見かけた。
近づけないため遠巻きに見ていただけだったので、「今日帰りに見かけちゃったよ」「ウソ、ズルイ~~」などと仔猫目撃報告にはしゃぐ程度だった我が家。かねてから猫を飼いたくて仕方が無く、でもペット厳禁のアパート暮らしの身なので夢のまま終わっているので、飼えないながらも近くで仔猫が走り回っている様子を見るのは小さな楽しみだった。
おりしも3連発で読んでいたのが『猫に恋して』と『ヨーロッパを旅してしまった猫のはなし 2000GT』と『パリ季記』の猫本(『パリ季記』は猫メインじゃないけれど、猫沢エミさんの愛猫ピキが登場)。前回の本からファンだったLa hortensia azulの黒猫ノロの旅も面白かったけれど、なにより『猫に恋して』で筆者の高田理香さんが、猫が飼えない不動産なのにこっそり2匹も同居したり、近所で仔猫を保護して3匹目として飼ったりと、私たちが求めてやまない暮らしを実行している姿にググッと来てしまった。
それが・・・。
夕日がすっかり落ちた頃、道路の脇の植え込みの奥からミ~ミ~と鳴き声を聞いた。彼らの棲み処からは100m以上、仔猫が自力で歩いてきたとは思えないほど離れている。でも植え込みを覘いて見ると件の茶トラ仔猫の様子。手を伸ばして見ると逃げるどころか近寄ってきてミ~と鳴く。カ、カワエエ~~!
明らかにはぐれ猫なので、仔猫を抱いたまま母猫を探して現場と棲み処を往復するも、母猫は見当たらず。一度は発見現場に戻して立ち去ったものの気になって仕方がなく、またしても二人で出動して仔猫を確保し、母猫探しでウロウロ・・・。すると今度は棲み処の辺りでうろつく母猫を発見し、そっと仔猫を引き渡してその日は退散した。いや、退散と見せかけて道路の端に座り込み、母と子の鳴き声二重奏を見届けてから家に入った。
「いや~いい事したね~」「可愛くて連れ帰っちゃいそうな思いと葛藤したよ」と自己満足の人間二人で談笑。母猫と合流できて万事解決・・・と思われたのだけど。
翌朝聞こえてきたのはまたしても仔猫の鳴き声。「ちょっと、カーチャンはどうしたのよ!」と表に出ようとしたらご近所のおばちゃんの立ち話が聞こえてきた。
どうも母猫は育児放棄らしい。他の仔猫の所在は分からないが、とにかくこの茶トラ仔猫は見放されているっぽく、夕べから犬小屋の近くで鳴き続けていたという。まだ巣立ちの時期には見えない小ささで(実家の猫が生まれた時はもうちょっと大きくなるまで母猫と一緒だったと思うんだけどなぁ)、棲み処にしていた場所はちょっと出れば車がバンバン走る道路があるので、おばちゃん達も轢かれないかと心配している模様。
昨日の行為は余計な事だったんじゃないかと後悔がよぎったのも束の間、窓からおばちゃんをチラ見したら小さなダンボールを持って仔猫を探していた。それで「あぁおばちゃんが保護してくれるんだな」とひと安心してその日は出かけた。実際、その日はそれっきり鳴き声は聞こえてこなかった。
なのに~っ。
翌日の夕方、再び同じ辺りでミ~ミ~と必死の鳴き声が。棲み処の道路向かいにある植え込みにもぐり込んだ件の仔猫がプルプルしている。近くには二羽のカラス。バッグをブンブン振って追い払う人間一人(私)。非常に困った状況に陥ってしまった。おばちゃんの保護が失敗したのか、そもそも一時保護だったのか分からないけれど、ともかく母猫からはぐれてしまった仔猫は鳴き続けていて、家の中からもその声が聞こえてくる。ウゥ苦しいっ。
大家さんにペットの交渉をしようかと真剣に悩んだけれど、元来の動物嫌いに加えて非常にルールに厳格な方なのは当初から知っていたし、おとなしくルールに従って暮らしている我が家を信頼してくれているのも分かっていたので、ここで無理難題を突きつける勇気は無かった。
真剣に考える。「ここを出てペット可の物件に引っ越したほうがいいんじゃないか・・・」。って、まだ飼ってもいないのに。
夜の闇が広がると共に声が大きくなる。表では泣いて仔猫の保護を訴える女の子と、「ダメ!ウチでは飼えないって何度も行ってるでしょ!さ、走るのよ!」と後を追ってくる仔猫を振り切って走り去る母親の声。お母さんの言い分も分かるが、ここは一つ女の子の方を応援してしまう。頑張れ女の子!お母さんを説得して保護してくれ~(他力本願)
帰宅したムッシュも超心配顔で、二人で家の中を逡巡。我が家ではどうやっても飼えない、でも仔猫を何とかしないと死んでしまうかもしれない。何も悪いことしてないつもりだけど、何でこんなに苦しまなくちゃいけないの~~っ。
最終的に「あいつは野良猫で、人にすがっていては結局生き残れない。自力で頑張って乗り越えるしかない」と苦渋の決断。保護は諦めて、植え込みに雨宿り用のビニール傘とミルクだけセッティングして立ち去ろうと言う事になった。
が、外はものすごい稲光と殴りつける雨粒。私達も思いっきりひるんでしまって道路に出られず、玄関の前で傘を持って佇むばかり。一回だけ雷に驚いた仔猫の「ミャガ!ホゲ~!」みたいな悲鳴が聞こえてきた。
ようやく雨脚が収まり現場を覘いてみると、なんと既にビニール傘と餌らしき物が!先ほどの母子なのかダンボールおばちゃんなのか、はたまた別の誰なのか、はぐれ仔猫を気に掛けていたのは我が家だけではなかったようですっごく安心した。
・・・・・
それっきり茶トラの仔猫は見かけていない。茂みを注意深く見ているけれど生きているにしろ死んでしまったにしろ姿は見えず、母猫も含めて気配は全くない。もし死んでしまったとしたらカラスが襲来するだろうから(その気配は全くない)、住処を別に移してどこかでまだ元気にしているんだと信じている。
一つは母猫の改心。他の仔猫と一緒に面倒を見る気になった母猫に毛づくろいをしてもらっている。
もう一つはあの母子。女の子の涙の説得と仔猫の愛くるしさに負けたお母さんが渋々保護して、今ではすっかり仔猫に胸を射抜かれて溺愛している。
こんな二つの図を想像しながら、平穏に戻った棲み処の界隈を私は歩いている。いつかヒョッコリ「あの時の茶トラです。ども~」と姿を現して、スリスリとかゴロゴロとかしてくれたらいいな~なんて思いながら、猫を飼いたい思いは膨らむ一方なのだった。
それにしてもウチの近所は野良猫が多いよ。何も手を尽くせない無力感だけはまだまだ続きそうで切ないッス。
※写真の猫は近所の飼い猫。自ら歩み寄ってお腹をバ~ンと出し「撫でれ~」と上目遣いでこちらを見る。たまらんっ。
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この1ヶ月ほど、めまぐるしく自分の環境が変わって、あまりのハードさにPCを起動することもブログをアップすることもコメントにお返事することも出来ないくらいヘロッヘロになっていた。ブログを楽しみにしてくださっている方や、コメントを寄せてくださった方、本当にすみませんでした。ペコリ。
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いつのまにか自分の限界値がかなり狭まってしまったのだと痛感した。
5年間も一人っきりで店番をした。一人で戦い続けていたといえば聞こえはいいけれど(もちろんムッシュと二人三脚だったけれど、登記上は私一人の事業だったので)、言い換えれば自分の好きなように振舞う事が出来て、誰かと作業を共にしたりアイディアを練ったりと言う事からは遠ざかってきた。やりたい所まで没頭できたり、気の向くままに休憩したり、ひとのペースを配慮することなく好き勝手にやってきた。ビーサンで出勤していたし(笑)。
いつしか思考も自分都合になってしまって、店を大きくするためとか安定経営のための努力も、自分本位になっていたように思う。
と、いまさらながら自分の力量のなさを嘆いているのには訳があって、ここしばらく、私はものっ凄くパワフルな環境に身をおいて、全員即戦力という中で、その席の片隅で悲鳴をあげ続けてきた。ものすごく理知的で、ものすごく前向きで、ものすごくアグレッシブで、ものすごく頼れる人たちに囲まれて、なんと自分の小さいことか・・・。
これが大きな目標のステップをどんどん登っていける力なんだなぁと感嘆すると共に、その意欲や歩みがなかった、というかそうしようとしてこなかった自分との差を見せ付けられるようで、大物と小物の違いを痛感した。
超多忙を極める人たちが誰一人死んだ魚のような眼にならず、むしろキラキラして壁を乗り越える努力を惜しまない中で、干物のようにペナンペナンになっている自分は足引っ張りなんじゃないかなぁとウツウツ。
微力でもお役に立てるシーンはあったし、多分、物事を覚える事に関しては貪欲な方なので、時間と共にコツやノウハウを身に着けて攻めていけるかなぁと思った。自分の能力や経験を生かす場としてはすごく良いステージだったように思う。
けれど、いつのまにか自分は早く帰る事ばかり考えて、家事が出来ない事を辛く感じ始めた(居てもやらないくせにね。エヘ)。撮影時代の1週間完徹のハードな経験はどこへやら、すっかりオウチ大好きっ子になってしまったらしい。記憶は鮮明でも体が付いていけない(苦笑)。
でもやっぱり、22時過ぎとか終電のがしてタクシーで帰ってきて、そこから夕食を作るのはめっちゃ辛いんですよ。ムッシュの協力なくしては乗り切れなかった1ヶ月でもあり、この1ヶ月が1年になり10年になるのは想像するのは難しかった。責任を負えば負うほど家庭が崩壊するような図式は断固避けたかったし、その他モロモロあって、再び静かなる暮らしに戻すことにした。いや、これから先静かかどうか分からないけれど。やっぱり私には家族というコロニーはとてもとてもとても大事なんです。
みんな凄いなぁ。本当に凄い。
自分はちっさいなぁ。本当にちっさくてチッポケ。それが凄く分かった。
こういうチッポ君でも役に立てるような場所があるといいなぁと思いながら、でも19時過ぎには家でご飯の支度をしたいのよと思う今日この頃なのでした。
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ちなみにエントリーアイコンの写真は本文とは無関係です。前に撮ってあったクレーン車のスックとした写真を貼りました。クレーンて青空に伸びる佇まいがフォトジェニックで好きなのです。
写真を貼らないとレイアウトが崩れる構造に作ってしまったので、写真を貼る必要のないエントリーでも何かしら写真を当てる必要があるんです。こういう時に『寄り道パーラー』のような写真ナシのボヤキブログを確保しておくべきだったなぁと思ったり。自分でもパーラー気にいっていたのにね。残念。
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全然アップしていないなぁ~なんて暢気に反省しているうちに、丸3年経ってしまいました。今日から4年目に突入です。恐ろしや~っっ。
これまでアップしたエントリーは565本。そのうちアップしようとして下書き状態のまま放置しているのもあるので、全エントリーはもうちょっとあるけれど、振り返ってみると初年(2004~2005年)の勢いは凄まじく、後は週に1本アップするかどうかといった低空飛行っぷりを維持している。たまには上昇気流に乗ってガツガツとエントリーしなくては。
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始めた頃は文が短いエントリーが多く、サクッと読めるエントリーに仕上がっていた。年を重ねるごとに文が長くなり、枝葉が多くてボリューミー(笑)になってきたように思う。
私はどんな物に対しても物語があってそれを掘り起こしたいという思いがあるので、エントリー一つ一つにもその思いが表れているのだと思うのだけど、それに伴って『書く』行為に時間を割かれるようになってきたのも事実。1エントリーに1時間以上かかる事もしばしばで、そうなってくると次のエントリーを起こすのが面倒くさくなってくる。
サラッと書こうと思いつつも「この思いをブログのログに収めたい」と考えてしまって、ついつい長くなってしまうので、4年目は初心に帰ってもうちょっと気楽にサラリと記録しようかなぁと思ったりなんかしている。
でも、ふと思い出して過去ログを読み返すと、「ウワッ頭でっかちでアホだったなぁ、あの頃の自分!」と独り反省会ができるので(笑)、長文短文に関係なく、その時に感じたり主張したい事は素直に書き留めておきたいなぁとも。数年先の自分のお楽しみのためにも、ネ。
ブログやウェブサイトを運営している皆さんは、一日の内のどの時間をエントリー作りに当てているんだろうと結構気になっている。小まめにアップしている方なんかを見ると余計に気になる。
自分はというと、以前店をやっていた時は『店の営業中に、暇な時間を見つけて気分転換にアップする』姿勢でいた(なんか微妙に間違っている気がするけど)。
なので、自宅に帰ったら一切ブログには関らなかった(コメントへのレスも自宅ではやらなかった)。家では家事や趣味の手仕事をやって、朝になったら家で写真を撮って、仕事場で写真加工してエントリー書いてコメントへお返事して・・・というのが流れになっていた。(<働けよ自分っ)
今は家にいるので時間があると言えばかなりある。自己管理能力の低い私はその時間を持て余すばかりで、せっかくの時間をブログを書くでもなく趣味を掘り下げるでもなく家事を完璧に仕上げるでもなく(汗)、なんとな~く過ごしている。すごくもったいない。
先日長い付き合いの友人ズと夜半まで盛り上がっていた時に、「我々は忙しくなるほど脳みそのエンジンがかかってあれこれと作業がはかどるのでア~ル」という結論を出した。暇な時間を欲しつつも上手く活用できないタイプなので、やっぱり脳が活性する程度に仕事なり何なりで忙しい方が、結果的に人生が彩りよくなりそうな感じがする。あくまでも自分の場合だけれど。
店をクローズして3ヶ月ほど。ようやく「なんか時間がもったいないベ~」と手仕事周りから活動し始めている。ブログもせっかく四年目に入ったことだし、これまでのログを無駄にしないように今年もまた積み重ねていこうと思う。
週明けには眠らせていたiiroの方も再開できそう。ちょこっと触れていた店のお気に入り雑貨もパラパラと並べる予定なので、まったりとご期待いただけると嬉しいです(プレビューオープン時にまたブログにてお知らせします)。
では、皆々様、4年生になったmuseo watalissを温かく見守ってくださいませ。ヨ~ォッ(一本締め)!
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サイドバーでも嘆いているように、ノートPCを壊してしまった。うっかりキーボードの上に物を置いたまま液晶部分を閉めてしまい、しかも上から加重をかけてしまったため、液晶が割れて何にも表示されなくなってしまった…。激しくへこんでます、タハ~。
サポセンに修理の依頼をするも、保障期限切れにつき有償修理となり、最低限の作業だけでも結構高額で(液晶破損のみの話で、HDDにもダメージが及んでいれば更に上乗せ)、さりとて新しいのに乗り換える意思も余裕もないので、ここはひとつダイナミックに完全自己責任で直す事となった。
修理を名乗り出た猛者は当然ムッシュ。押し付けられた被害者、とも言う。
サポセンから聞いた金額は決してボッタクリとは思っていません。むしろ、ユニット本体の価格と工賃を考えると、修理で利益を得ようとは思っていないんだなぁと感じるほどギリギリ価格な感じがしました。
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ムッシュのPCで使っているモニターを壊れたノートPCにつないでHDDを調べたところ、幸いにしてこちらの方は無傷の模様。取り急ぎ無くしたくないデータをあっちこっちに移し変えて、緊急オペの開始となった。
とにもかくにもモニターを外す。が、小さな爪があったり細いケーブルがつながっていたりと、やすやすと分解はできないようで、横で不安げにチラ見する私を更にビビらせるかのように、ムッシュの口から漏れる「ン!」とか「…ッキショー」とか「ヤベー」という呟きが狭い部屋にこだまする(笑)
しかしネットの世界はすごい。同じ機種でPCを分解しているサイトを検索したら沢山ヒットした。
『自己責任でやってください!分解するとメーカー補償は受けられなくなります!』とどのサイトでも警告をしているものの、既に保障期限外の我がPCには関係ないとばかりに、写真つきで紹介されている分解の手ほどきをむさぼるように読んで、なんとか無事に液晶ユニットの取り外しに成功した。

やるせないルックスになってしまった愛機。ゴメンヨ…。
週末は電気のメッカ秋葉原で、片っ端からジャンク部品を扱う店を回った。店員に相談するなどしてわかった結論としては、『私の機種(メーカー)はバラバラパーツとしては市場に出るのは稀』ということと、縦横比が他のPCと全然合わないということ。むりやり別メーカーの取り付けるわけにも行かず、しかしドンピシャの型番のユニットを手に入れるのも難しい、と。まさしく万事休すでございます。
ただ、ジャンク屋さんからも「有償修理はやはり財布に痛いし、根気よく探せば出てきますよ(きっと、多分、いつか)」と言われたので、地味に探し続けますです、ハイ。
というわけで、しばらくは最速を誇る(しかしちょっと気まぐれな)ムッシュPCからアップすることになる。
キーボードが違うだけでこんなに作業しづらいとは思わなかったと気づくくらい使いづらく感じる。自分がいつも使っているアプリやブラウザがないのも一因だし、デスクトップアイコンや壁紙が違うことすら気になる(笑)。PC一台とっても、それぞれのオーナーに染まっていくんだなぁと変な関心を持ったりした。
最悪直らなかった場合は、店で使っていたデスクトップPCを復活させないといけない。売ろうと思っていただけに痛いし、テーブルの上に2台もPCモニターが並ぶのはなんとも狭苦しくていただけない。
頑張って私の愛しいノートPCを復活させて頂戴、ムッシュ~。
って、液晶を壊した張本人がヌケヌケと言ってみる。
いや、でも。もし直らなくてご臨終になってしまっても文句は言いません。と、この場を借りて念書です。文句言いません、多分、きっと。
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